自殺未遂経験のあるニートが幸せについて真面目に考えてみた

幸せを手に入れるんじゃない。幸せを感じることのできる心を手に入れるんじゃ。

ブルーハーツで有名な甲本ヒロトさんの名言だそうです。今はクロマニヨンズで活躍してますね。

幸せというのは一体なんでしょうね。私の考える幸せとは、短期的なものと長期的なものの二種類があります。





短期的な幸せと長期的な幸せ

短期的な幸せというのはこういうものです。ずっと楽しみにしていた好きなゲームをプレイできて幸せ。この幸せは一週間もすれば幸福感がなくなってしまいますし、ゲームクリアしたら完全になくなります。

同じように、お腹がすいたときに好きな食べ物を食べる。これも幸せですね。食べ終わって満腹になると満足感で体がいっぱいで、幸せを感じることができるでしょう。しかし、それも一時間もしたらなくなる幸せです。

みんなが抱いている幸せのイメージとはちょっと違うかもしれませんが、こういう短期的な幸せも幸せの一種だと思います。

冒頭の名言のように言うと「幸せを感じることが幸せ」となるわけですから、ゲームであれ食事であれ、幸せを感じたらそれは幸せだと言っていいでしょう。ちょっと安っぽい幸せではありますけどね。

さて、長期的な幸せについて。世間の人が持っているイメージと合致する幸せがこれです。

例を挙げると、大好きな妻と最愛の娘に囲まれた生活をしており仕事も充実しているといったものです。

なんというか、典型的というか実にテンプレート的な幸せではありますが、多くの人がこのような幸せを求めているのではないでしょうか。もちろん全員ではなく、結婚に興味がない人もいますし、不労所得で食べていけてない時点で幸せではないと言う人もいるでしょう。

短期的な幸せが物体であったり即物的なものであるのに対して、長期的な幸せは複数のものが織りなす複合的なものとでも表現したらいいのでしょうか。

例えば大好きな家族がいても仕事で苦しんでイヤな上司からパワハラを受けているけど生活のために仕事をやめられないとか。

もしくは、やりがいのある仕事に就いて楽しいけれど、家族とは仲が悪く口を利くことすらない。

この二つは幸せとは遠いですね。幸せの条件である家庭や仕事の片方がそろっていても、もう片方がダメだと幸せじゃなくなります。

長期的な幸せの正体は、思うに「居場所すべてが居心地がいいこと」ではないかと思うのです。

居場所というのは、家庭、仕事、学校など。大体の人は家庭に加えて仕事or学校という居場所をを持っていますね。登山が趣味なら山とか仲間との集まりとかも居場所になります。

これらすべてが居心地よければしみじみと長期的な幸せを感じることができます。家庭も仕事も趣味も充実しているけど自殺したい!なんて人は想像できないでしょう。

さて、ここまでは長い前置きです。私の考える幸せとはこれらとは違います。

脳をつつけば幸せになれる

私の考える幸せ。それは脳が幸せだと感じている状態のこと。これです。

例えば、家庭や職場がしんどくても脳が幸せを感じていたら幸せなんです。ものすごく楽観的な性格で、つらい境遇にいながらも毎日が楽しいと感じていればそれは幸せです。

極論を言うと、植物状態で手を動かすことも話すこともできなくて病院で寝たきりな人であっても、脳が幸せを感じていたら幸せになります。

脳科学はかなり進化しています。各国の頭のいい人たちが脳についてを研究しています。

このまま文明が進化していったら、リモコンを操作するようにボタンを押したら、脳に埋め込んである電極が反応し幸せを感じさせてくれる機械なんかもできるかもしれません。

それは思い描いている幸せとは違いますし、周りから見てもまったく幸せそうに見えませんが、幸せなんです。

脳が幸せを感じるかどうかが最重要なので、いかに脳を騙せるかがポイントです。家庭やら職場の居心地のよさなんかはいりません。

私は今現在、うつ病で苦しんでいるので幸せではないのですが、傍から見ると仕事もせずに毎日過ごせて幸せなんだろうねと思われそうです。親や社会に対しての申し訳なさがなければ幸せだったかも!

 

ブータンに引っ越したい

さて余談ですが、お金があっても幸せにはなれないと誰もがわかっているのですから、経済成長はほどほどにして、国民一人一人の幸せを考えた方が健全じゃないかなと思います。

ブータンは世界一幸せな国として知られていますが、政治はそういう方向性に舵を取ってほしいなと思います。ですが、無理なのでブータンやフィンランドやノルウェーといった幸せ指数の高い国に引っ越すしかないんでしょうね。