二神能基「ニートがひらく幸福社会ニッポン」

千葉県を本拠とするひきこもり・ニート支援NPO「ニュースタート」の代表、二神能基による最新刊。ニートのもつ力をポジティブに活かすことを提言、今後の少子高齢化・経済縮小時代における「幸せ」「社会の在り方」を根底から問い直す挑発的な書。

p14
ニートを愛する女性たちの多くは、自分の好きな、あるいは気に入った仕事についていて、障害働き続けたいと考えている。しかし結婚や子育ても諦めたくない、とはいえ、その三つを一人で完璧にこなすことは大変そうだ──。
そんなパワフルな彼女たちにとって必要なのは、経済力よりも、子育てや家事に協力的な男性だ。

女性の社会参加が進むと男性が家事や子育てをするケースが増えます。なので主夫としてのニートは需要がありますということですね。

p67
「働く」という言葉の捉え方に根本的な違いがある。
ニートの若者たちと接していると、彼らの使う「働く」や「仕事」という言葉が1943年生まれのわたしとは、その解釈に大きな隔たりがあると痛感させられる。若者にとっての「働く」は「金を稼ぐ」と表裏一体。キリスト教で言う「苦役としての労働」に限りなく近く、幸せのイメージにはつながらない。

昔は仕事とは「生きがい」だったり「自己実現」だったりしたそうです。新たな価値観が生まれつつあります。

p94
「正社員に」「いい大学に」といった親からの20世紀型希望を子どもは無意識に受け取り、それを目指してしまう。それを親は子どもの自主性だったというが、本人が21世紀の現実につまづいてしまい、いざニートやひきこもりになって何年も動かないでいると、親は
「本人がその気にならないと仕方ない、そう思い続けていたら、あっという間に10年もたってしまいました」
と自主性を尊重していたことをアピールする。
しかし若者本人に聞いてみると「苦しんでいた10年間、親は何もしてくれませんでした」と親を恨んでいる場合が多い。

子どもは親に好かれるように無意識に動いてしまうものです。そうなると親の価値観を引き綴ことにつながります。

p129~130
これは経済問題ではなく、価値観の違いの問題であり、「反・仕事」や「反・経済成長」の視点から論じられるべきだからだ。
日本社会が経済的に豊かになり、物質的な豊かさから、今度は心の豊かさとは何かを考えるステージに進化しようとしている今、歴史の歯車を反対に回してはならない。そこで論じられるべきは21世紀の幸せとは何か、だ。

物質的に豊かになっても幸せになれないと世の中の人が気付いたのでしょう。その結果、今度は心のつながりを求めています。SNSの利用者はたくさんいますしね。

p165
ニートの問題は、若者たちに就労を迫る「経済的自立」の問題でも、経済成長による若者救済の問題でもない。少子高齢化と人口減による経済縮小が同時進行する、21世紀の日本でどう豊かに生きていくのか、人間にとっての幸せとは何か、という21世紀の哲学の問題なのだ。そして、親や支援者も、自らの人生を問い直す覚悟を迫られている問題なのである。

ニートの問題を哲学で考えるというのは面白いですね。著者さんはそれなりの年齢なのですが、考え方が若いように感じます。


今までの「生きがい」や「自己実現」の価値観を否定し、新しい価値観を作り出すのがニートであるという切り口。楽しく読めました。

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