菅野仁「友だち幻想」

友だちは何よりも大切。でも、なぜこんなに友だちとの関係で傷つき、悩むのだろう。人と人との距離感覚をみがいて、上手に“つながり”を築けるようになるための本。

p52
非常に心が休まらない状態をお互いに作りあってしまっていることになりはしないでしょうか。
メールを出したほうは、返事が遅いと不安になる。受けるほうは、即レスをしなければならないというプレッシャーがかかっている。そしてお互い、「友達なのだからあるいは付き合っているのだから、毎日メールのやりとりをしなければならない」ということになる。
本来は幸せになるために「友達」や「親しさ」のはずなのに、その存在が逆に自分を息苦しくしたり、相手も生き鶴しくなっていたりするような、歪な関係が生まれてしまうことがあるのです。
私はこれを「同調圧力」と呼んでいます。

「~しなければならない」と考えると大抵どんなものでもつらくなりますね・ズっ友でいなければならない、などはプレッシャーにもなりえます。

p67
理屈を超えて「こいつとはどうしても合わない」というクラスメートだっているはずです。大人になってからは、みんな誰もがそういう体験をしているはずなのに、「子どもの世界はおとなの世界とは違う。子どものころはどんな子同士でも仲良く一緒になれるはず」というのは子どもの世界にあまりにも透明で無垢なイメージを持ち過ぎなのではないでしょうか。

学校ではみんな仲良くと教えます。しかし実際は、合わない人とうまく距離を取るための訓練の場でもあるのではないでしょうか。

p104
必要なことは個性的な天才がいたとしても、そういう人が最低限の社会的生活を送れるようにケアするのが先生の仕事なのです。天才というのは、往々にして普通の人とは変わっているため、その個性が社会的に受け入れられないことがあります。そこで、その人が潜在的にもつ能力が損なわれないように、社会生活を営むための最低限のルールを教えたりやるべきことを支えるのが先生の仕事です。

言葉を話せない人が言葉を習得したら絵が下手になってしまったという話があります。同じように社会性を習得すると天才の天才性が損なわれる可能性もあるように思えます。

p129
思春期と言うのは多かれ少なかれそういうものですが、それはなぜかというと、「百パーセントわかってもらいたい」とか、あるいは「自分の本来のところをすべてきちんと伝えたいじゃないか」と思ってしまうことが原因なのではないかと思います。それもやはり「百パーセントの自分を丸ごと理解してくれるひとがきっといるはずだ」という幻想を、知らず知らずのうちに前提しているためです。
むしろ「人と言うものはどうせ他者なのだから、百パーセント自分のことなんか理解してもらえっこない。それが当然なんだ」と思えばずっと楽になるでしょう。だから、そこは絶望の終着点なのではなくて希望の出発点だというぐらい、発想の転換をしてしまえばいいのです。

私も昔は自分のすべてを理解してもらいたいと思っていましたが、そんな人は現れないまま年を取りました。人間と人間は100%分かり合えることはないんでしょうね。


「世界一受けたい授業」にて紹介されていた本です。友達って本当にいいものなの?という一石を投じる内容になっています。人付き合いが苦手な人はぜひ。

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